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2010年3月21日 (日)

京葉線の青い201系

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::: 885A 201系K4編成 / Nikon D300S * Nikkor 70-210mm F4 / 20 Mar. 2010 :::

この日は京葉線にTDR臨が3本入るということで、始発に乗って撮りに行くことにしました。

TDR臨が同じ日に何本も入線することは年に何回もあり、さほど珍しくはありません。2007年に同じくTDR臨が3本来た時は葛西臨海公園でも10人ほどでした。ちょうどその日は青梅線にDD51のPPで旧客が走る日でしたので、そちらに撮影者が流れたからかもしれませんが。とにかく、当時は489系も関東で多く見ることができ、撮影者も疎(まば)らで少なかったと記憶しています。

しかし今日では、先日のダイヤ改正で489系ボンネット車による急行「能登」が廃止され489系の稀少性が一段と上がり、TDR臨にて上京するたびに人が集中するのが不可避となってしまいました。今回はとりわけ「能登」廃止直後で、有名な葛西臨海公園や舞浜には通過2時間前だというのに50人を超える人の塊が出来ていました。自分が向かった場所はあまり有名でないためか予想をした回る少なさでしたが、それでも自分が着いた時には10人ほどがスタンバイしていました。

なんとか489系を順光で仕留め、最後に来る秋田車の583系までに普通電車を何本か撮影。そのなかでも特に、新型車両の導入により今後の去就が心配される201系は、TDR臨並みの緊張感を持って挑みました。路線カラーが赤色なだけに、まさに青い201系は異色の存在です。透明感や清涼感のある塗色ですから、夏の光線でも撮ってみたいですね。

583系まで居、武蔵野線をグルッと回って相模線経由で帰宅。この日一番の収穫は青い201系だったかもしれません。

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2010年3月16日 (火)

急行「能登」の最期を撮る②

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::: 9612M 急行「能登」 / Nikon D300S * Nikkor 70-210mm F4 / 13 Mar. 2010 :::

上野で知人と別れ、0時を過ぎてから日暮里へ向かいました。上野着のラストランは、その昔20系客車の寝台特急「あけぼの」がPF牽引だったころから有名な、JR日暮里駅から徒歩5分程度のところにある日暮里カーブで撮るため、朝まで駅近くのマックでマルヨをすることにしました。しかし、その撮影地には初めて行くということもあり、マックで夜食を買う前に現地調査に行ってみることにしました。

暗い路地を抜けて撮影場所の跨線橋が見えてくると、なんだか話し声が聞こえてくるではありませんか…。さらに近づくと、なんと既に5人の徹夜組が待機していました。お互いの顔も見えぬ中「こんばんは~」と笑いながら挨拶をして、自分もココに腰を下ろして一晩明かすことに決めました。

三脚を通行の邪魔にならないようにセッティングし、あとはひたすら同業者と鉄談義してました。飲み会帰りの酔っ払いと話したり、あのときは徹夜組ならではの一体感みないなものが感じられました。歩行者や自転車が来たら、同業者と協力してこちらから積極的にサポートして通行を促し、極力迷惑にならぬように努力しました。暫く経つと終電が日暮里を出発して列車の往来も無くなり、マンションの明かりも徐々に消えてゆき、星がほのかに瞬く静かな夜が訪れてきました。鉄談義をしていた我々徹夜組みも3時を過ぎてからは仮眠モードに入りました。

4時を回った頃、日暮里駅から「おようございます、今度の○番線の―」と津田栄治の声が。やっと朝がやってきました(まだ真っ暗ですが)。それと共に車での同業者が来るようになりました。さらには、鉄道も動き出し、電車組の人も引っ切り無しに到着して、次第に跨線橋は無様な雛壇と化し、5時を過ぎると歩行者が通れないほどまで埋め尽くされてしまいました。地元の跨線橋を利用する方も声を荒げるほどで、通行時には退くものの、やはり通路を塞ぐのはモラルがちょっと…。

東北・高崎線も送り込みの電車がなどが通過し、これを練習電とし露出を決定。

1/200sec.・F4・ISO800

かなり厳しいですが、急行「能登」はこの設定で挑むことにしました。日の出時刻を過ぎてもちっとも露出が上がらず、しかも被写体の先頭は平面状でも速度があり、シャッタースピードも上記の設定が限度でした。D300SならISO1600でも問題ありませんが、出来るだけノイズを少なくしたいのが本望。暗めの設定です。

5時59分、接近灯が光り、いざ本番! ついにカーブの影からボンネットが見えてきました。編成を蛇のようにくねらせて、50人強の"日暮里カーブ組"は一斉にシャッターを切り、最期の急行「能登」を見送りました。寒風に晒されながらも6時間粘ってやっと撮れた達成感、今までにない達成感でした。

15分後の寝台特急「北陸」もこの上野着がラストラン。しっかり目に焼き付けながら撮影しました。0番台牽引のラストを飾るのは37号機、寝台特急「あけぼの」まで日暮里カーブに滞在しその推進回送を撮ってから、徹夜組と撮影地を後にしました。

現場でご一緒した皆様、未明からお疲れ様でした。

そしてこの日で最期の運行となる列車も、長いあいだごくろうさまでした

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2010年3月14日 (日)

急行「能登」の最期を撮る

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::: 9611M 急行「能登」 / Nikon D300S * Nikkor 28-80mm F3.3-5.6G / 12 Mar. 2010 :::

3月12日、ダイヤ改正の前夜。急行「能登」の最期を収めに、上野へ突発遠征しました。

私用の関係で上野に着いたのは21時45分でしたが、「北陸」、「能登」が発着する13番線には既に溢れんばかりの人だかりが出来ていました。場所の確保のために1時間も立ち続けるなか、警視庁も総動員で厳戒態勢を敷いて、ものものしい空気が漂っていました。入線5分前には知り合いとも合流し、

22時43分、寝台特急「北陸」が推進で入線。ホーム部隊の中からはフラッシュも飛び交い、そのたびに駅係員の喉から注意を喚起する嗄れた声が聞こえてきました。入線から10分ほど経ってからようやく最後尾の扉が閉められ、新潟は親不知の天嶮断崖をイメージさせる「北陸」のテールマークが姿を現しました。暫くして駅員のアナウンスと共に発車ベルが鳴り、寝台特急「北陸」は金沢へ向けて旅立って行きました。

これ見て帰るという人も多く見受けられましたが、それでも「能登」の入線時刻に近づくにつれて頭端式ホームの上にはさらに多くの人が集まり、二次会でぐったりのサラリーマンも一般も方もなにそれとケータイを取り出して次の入線を待ちました。

そして23時14分、いよいよ急行「能登」が入線。ヘルメットを被った作業員が線路に降りてホームライナーの看板を取り外し、蒼い大きな能登のヘッドマークがお目見えしました。このシーンは今の今まで毎日繰り返されてきましたが、撮影したのは去年の末以来、今日が最後となってしまいました。

さて、気がつくうちに全く撮れなくなってしまったので、前列の人たちを頭上からクリアする形で、三脚を全開にして高さ四尺半のアームとして利用し、D300Sの取り柄でもあるライブビューとインターバル撮影を使って広角で狙ってみました。最終日の凄さがとことん分かるでしょう。

いよいよ出発のときが近づいてまいりました。35年間にも及ぶ急行「能登」、発車ベルが鳴り終わるといよいよ最期の旅立ちです。23時33分、3000人を超すたくさんの人々に囲まれ、哀愁漂う長~い警笛を地平ホームに響かせ、ついにゆっくりと走り始めました。次第にテールライトは遠ざかってゆき、「能登」は最期の旅路へと暗がりに灯りだけを残して去っていきました。

おつかれさま

あれほどいた13番線ホームもすっかりひと気が無くなり、その後は知人と記念撮影をして余興を楽しみ、ひとつの祭に幕を降ろしました。解散後、地元への終電ですら間に合わないので、もとい上野着も撮ろうと考えていたので、人生初のマルヨを決心した!

つづく...

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2010年3月 3日 (水)

さよなら青春の高校生活

本日、高校を卒業しました。

2007年4月6日、入学。この日から波乱万丈、紆余曲折の高校生活が始まり、1年、2年、3年とあっという間に時間が過ぎてゆきました。

1年生では、ダチのみ理由を知るスランプになったり、はたまた、当時最新で注目度No.1だったiPod touchを誇らしげに持って美術の時間に湘南乃風を聴いていたり(今じゃ退学レベルの行為です)、また、部活では夏に皆で海水浴場に行ったりと、何でもかんでもやりたい放題でした。でも、凄く楽しかったんです。授業は数学の先生がかなりヒドくて、授業はかなり荒れちゃってました。これも今は良い思い出ですね。

2年生になってから、1年の時に偶然知り合った人と同じクラスになり、そこから輪が広がって多くのダチが出来ました。文化祭では着ぐるみでお客さんを招いたり、そのお陰か大盛況でした!そして待ちに待った海外修学旅行。初めは文句ばっかり言っていた自分も、ゆくゆくは新しい服やカバンを買ったりと、いつの間にか行く気満々でした。滞在先では現地の方々と交流をしたり、夜はホテルの一室で仲間と一晩中しゃべくり、もちろん恋バナも…。
部活は先輩が引退後、自分が部長に任命され、「明・楽・笑・仲間」をテーマに、笑いすぎてまともに練習ができないような部活にしてしまいました。たった2日間の合宿も、途中参加ながらも皆に迎えられて最高でした!まあ、良いんじゃないですか?
高校生活で2年生が一番思い出深い年でした。

そして最上級生。受験モードに切り替えて必死に勉強して、念願の志望校に合格。部活は夏に引退しましたが、暇さえあれば参加して"引退後"を楽しみました。

そして今日、2010年3月3日。卒業。あまりにも短く、しかし語りつくせないほどたくさんの思い出が詰まった3年間でした。

「人との関わりを大切にする」が、この高校生活のモットーでした。語り合える後輩・友達・先輩が出来たのはこれに尽きます。今日、部員より贈られた色紙で、自分のその思いを汲み取ってくれていたことが分かりました。本当にありがとう。

青春というのは砂の城ですが、この高校生活の思いでは決して忘れないでしょう。

2010年3月3日 N高校卒業

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